「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」(井上靖)~読書の思い出⑥~

2016/4/3

エクタス自由が丘校教室ニュース


今回は4月から中学1年生になる卒業生の皆さんに読んで欲しい本を紹介したいと思います。といっても受験の終わった皆さんには、あまりここを見ていただけてないかもしれませんので、新6年生以下の皆さんにもぜひ参考にしていただければ幸いです。

 


好きな作品はたくさんありますし、好きな作家もたくさんいますが、好きな作品を一つ挙げろとなると「しろばんば」、好きな作家を一人挙げろとなると、井上靖氏となります。氏の作品に私が共通して感じるのは「透明な寂寥感」といったようなものでしょうか。「猟銃」しかり「闘牛」しかり「氷壁」しかり。読み始めの最初から、悲しい結末に向かっていくような予兆を感じさせます。しかしそれが決して品のないものではなく、「透明な」という表現にふさわしい上品な「寂寥感」なのです。


氏の小説は大まかに4つのジャンルに分けられると思います。上記のいわゆる「純文学的作品」、「天平の甍」「敦煌」などの「歴史もの」、あまり知られていないかも知れませんが、「憂愁平野」「あした来る人」などのいわゆる「中間小説(大衆小説)」、そして今回ご案内する「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」などの「自伝的小説」となるのでしょう。「あすなろ物語」は有名ですね。


「歴史もの」の短編に「僧行賀の涙」という作品があります。遣唐使として30年の歳月を経て日本に戻って来た僧行賀が万感胸に迫り、様々な質問に答えられずただ涙を流すばかり、というラストのシーンは、その光景がありありと目に浮かんでくるようでした。短編ではありますが、大変印象深い作品です。「憂愁平野」「あした来る人」のいわゆる大衆小説も大変面白い作品です。


 


さて、前置きが長くなりましたが「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」の自伝的3部作の紹介です。「しろばんば」は中学入試問題にもよく出題される有名な作品です。洪作少年の湯ヶ島での小学生時代を描いた叙情豊かな作品です。湯ヶ島に行くと今でも、土蔵跡地、上の家(本家)、幸夫(友人)の家、などわかるように表札のような札が掲げられています。地域をあげて、しかしさりげなく「しろばんば」を大切に、誇りに思っていることが伝わってきます。おぬい婆さんの溺愛に近い愛情を受けて育っていく洪作少年の成長が描かれていきます。この作品のラストシーンにも「透明な寂寥感」を覚え、しみじみとした読後感が残ります。


「夏草冬濤」は、家を離れてお寺に一人下宿して旧制沼津中学(5年制)に通う洪作少年のささやかな思春期の始まりのような物語です。文学好きな友人たちとの出会い、親戚の女の子に翻弄されつつも、どこかまぶしいものを感じる洪作少年。今の中高一貫校のひとつの理想のような旧制中学での、自由で少し放埓な、しかしのりを外さない日々が描かれています。中高生活真っ只中の子供たちより、お母様お父様の方が、自らの中学高校生活を懐かしく思い出しながら読めるかもしれません。


「北の海」は沼津中学を卒業した洪作が浪人しながら第四高等学校(今の金沢大学)を目指す迄の話です。浪人時代のわずか1年にも満たない短い期間の物語です。浪人しているにもかかわらず、勉強するでもなく、中学校の柔道部に卒業生として出入りして柔道の練習に明け暮れる洪作。ある日四高の柔道部員に出会い、弱い者が強い者に勝つための柔道を語られ、魅せられていきます。弱い者が強い者に勝つには立ち技勝負ではダメで、すぐ寝技に持ち込むというわけです。「練習量がすべてを決定する柔道」「四高には勉強をしに来ると思うな。柔道をしに来たと思え」寝技ばかりの練習で耳がきくらげのようになってしまうのですが、「この世に女はいないものと思え」というわけです。そう思わないとやっていられない、と四高の柔道部員は熱く語ります。野放図な生活を送っている洪作なのに、なぜかそのストイックな世界にひかれて、四高柔道部の夏稽古に参加するべく金沢に向かい、一夏を過ごした後、四髙受験の意志を固めていくのです。金沢の街が、日本海(北の海)の浜辺が目の前に広がってきます。「青春小説」と呼ぶにふさわしい懐かしさを感じずにはいられません。


 


受験生には「練習量がすべてを決定する受験」という言葉におきかえることが出来るかもしれません。


洪作のように「四高で柔道がしたいから」という動機でも良いと思います。第一志望の中学校を目指す、君たちなりの強い動機を持てると良いですね。そしてどうせ目指すならストイックに追い求めてみませんか。目的達成のためにストイックになれるのも素敵なことだと思います。


 


「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」の三部作、どの作品からでも読めます。ぜひご一読下さい。


中学生には素敵な中学生活を、小学生には悔いのない受験生活を、保護者の皆さまには懐かしい青春時代の思い出を、きっと届けてくれるはずです。


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