書店で販売されている過去問は十年分掲載されていることが多いですね。今回は来年度分からは載らないであろう平成19年の麻布中入試問題の文章、浅田次郎さんの『青い火花』を題材に、文章の「仕掛け」「演出」についてお話します。
明治生まれの写真師「祖父」は個人的にチラシをガリ版で刷って配るなどして個人的に都電廃止反対運動をしていました。
老いて写真の腕前もあやしくなっていた祖父は、都電の運転手である知人「順ちゃん」の、制服を着た記念撮影にも失敗します。ライトの位置が変わっていたのに気付かず、露出も適切ではありませんでした。
その年のクリスマス・イブ、祖父は「父」を助手にして、順ちゃんが運転する都電廃止記念の「花電車」を撮影することになります。父は祖父の写真が失敗に終わることを恐れて比較的撮影の楽な「青山一丁目」停留場にした方が良いと提案しますが、祖父は都電への愛情から、都電が往年の力を発揮し、全速力で走る「墓地下のカーブ」で撮影すると言い張ります。
夜の撮影。祖父は父にも同時にストロボ(フラッシュ)を焚けと指示します。そしていよいよ電車がやってきました。本文から引用します。
「二台のストロボと同時に、都電のパンタグラフから稲妻のような青い火花が爆ぜた。真昼のような一瞬の閃光の中で、電車はそのまま止まってしまったように見えた。」
出来上がった写真は絵葉書のように美しいものでした。写真はやさしさが大切だ、と父に言う祖父。
さて、祖父はこの時だけ、往年の技術と勘を取り戻したのでしょうか? いえ、そのままでは失敗していたのかもしれないと読み取れます。
適切にカメラを設定して撮影したならば、予想外の「青い火花」によって露出オーバー、つまり明るすぎる写真になっていたのではないでしょうか(現実の火花の明るさが、どのくらい写真に影響するかはわかりませんが)。
順ちゃんの記念撮影の失敗が、ピントが合わない「ピンボケ」ではなく、ライトや露出といった明るさに関するものにしてあるのも、タイトルが『青い火花』であるのもこの点に気づきやすくするためだと思われます。
都電を愛した祖父に対して、都電の方もその思いに応えて、明るさを調節してくれたのかもしれないね、というのがこの作品の感動ポイントの一つではないかと思います。クリスマス・イブであることも「奇跡」を演出していますね。
「祖父と電車」だけではなく、この物語は思いやりにあふれています。そしてその思いやりを表現するために作者は様々な仕掛け・演出をしています。そういったことが読み取れる子に入学してほしいと、麻布中の先生も願っているのかもしれません。
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